金魚の王様「らんちゅう」のこと、呉市周辺の地域情報、イベント情報、旅の情報などなど・・・


by kunji05
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

<   2005年 03月 ( 1 )   > この月の画像一覧

c0020725_22462349.jpg

ごあいさつ
 広島県の西南部、瀬戸内海のほぼ中央に位置し、気候温和で海と山の風光明媚(ふうこうめいび)な自然環境に恵まれた、みなとまち呉市は、1889年に呉鎮守府、1903年には呉海軍工廠が設置され、以来培われた造船や製鋼を中心とした高度な科学技術は、戦前においては、戦艦「大和」に代表される艦艇、また、戦後においては大型タンカー等を造りだし、地域の産業発展のみならず、日本の近代化に大きく貢献してまいりました。
 このような歴史を有する呉市は、全国で52番目に市制施行100周年を迎え、新たな100年に向けて「創造とふれあいの海洋・拠点都市」を目指した新しいまちづくりを行うため、各種施策を推進しておりますが、その中の重要施策である呉市海事歴史科学館(愛称:大和ミュージアム)の2005年4月開館に向けて、準備を進めております。
 この博物館は、明治以降の日本の近代化の歴史そのものである呉の歴史と、その近代化の礎となった造船や製鋼を始めとした各種の科学技術を、先人の努力や当時の生活・文化に触れながら紹介し、我が国の歴史と平和の尊さや科学技術の大切さを認識していただこうとするものであり、地域内にある既存の資料館等関連施設の核になる施設として、さらには、教育・文化、観光等に大きく寄与する施設として、呉ならではのオンリーワンの博物館を目指しております。
 これまで、多大なるご協力をいただきました多くの皆様に心から感謝申し上げますとともに、今後とも博物館の建設推進に、より一層のご支援、ご協力を賜りますよう心からお願い申し上げます。
c0020725_2238247.jpg
                  呉市長 小笠原 臣也

c0020725_2249754.jpg

待望の10分の1戦艦「大和」が完成しました。全長は26.3メートル,全幅3.9メートルもあり(第三主砲身付近で作業中の人と大きさを比較してください),模型の域を超えた迫力があります。鋲の数,主砲身の内側に刻まれた溝などを,現存する資料潜水調査の映像,証言など,様々な検証により忠実に再現しています。
 1階「大和ひろば」で,平和の大切さと科学技術の素晴らしさを伝えるシンボルとして展示します。
c0020725_22514122.jpg

零式艦上戦闘機は,1940年7月24日に,制空及び航空母艦搭載用の戦闘機として制式採用され,終戦まで約5年にわたり海軍の主力戦闘機として活躍しましたが,1944年末からは特攻作戦の主力として使用され,多くの犠牲者を出しました。
  62型は1945年5月に制式採用された零式艦上戦闘機最後の量産型です。エンジンは「栄三一甲型」が搭載されています。
  零式艦上戦闘機には,広海軍工廠で研究,開発された全金属製機体設計・製造・片持翼(かたもちよく)構造,ジュラルミン製張力場式主桁構造(ちょうりょくばしきしゅけたこうぞう)の技術が活かされています。
  また,零式艦上戦闘機は呉軍港の防備を主任務とする呉海軍航空隊に多く配備されていました。
c0020725_2253312.jpg

 人間魚雷「回天」は魚雷を中央で前後に切り離して中間に操縦室を設けたもので、搭乗員自らが操縦して大量の爆薬と共に敵艦に体当たりする特攻兵器です。太平洋戦争の戦局の悪化に伴い海軍の青年士官から提案され、呉海軍工廠を中心に研究・開発・製造が行われました。この「回天」による特攻作戦により、145名の尊い命が失われました。
 人間魚雷は当初、内燃機関により推進していましたが、この「回天」10型は92式魚雷を使用しており、潜水艦用電気推進です。本土決戦の沿岸防備用として呉海軍工廠で研究開発されていましたが途中で終戦を迎え、実際には使用されることはありませんでした。
 平和の尊さと戦争の悲惨さを伝えるため、この度発見された当時の図面に基づき修復し、当時の状態を再現しています。

◆ 寸 法 ◆ 
全長   8.761メートル
最大幅 0.860メートル
高 さ   1.023メートル
重量   1.5トン
[PR]
by kunji05 | 2005-03-05 22:40 | その他